強皮症をよりよく知るために
- 強皮症とは?
- 強皮症と膠原病・自己免疫疾患との関係は?
- 強皮症はなおらない病気ですか?
- 強皮症はどんな人がなりますか?
- 強皮症は遺伝しますか? 伝染しますか? 先天的なものですか?
- 強皮症の原因は?
- 強皮症の“ひきがね”となるものは知られていますか?
- 強皮症はどんな症状ではじまりますか?
- 強皮症はどのような経過をたどりますか?
- 強皮症の診断はどのようになされますか?
- 強皮症の症状は?
- 強皮症の治療は?
- 日常生活上の注意はどんなことでしょうか?
- 結婚や妊娠に問題は?
- 強皮症になると医療費が大変でしょうか?
- 患者さんの家族のかたに!
強皮症とは?
強皮症は皮膚が硬くなる変化を代表的な症状とする病気で,古くは“鞏皮症”という字が使われていました.強皮症は,内臓にも変化をともなう全身性強皮症(汎発性強皮症)と皮膚とその下部の筋肉のみをおかす限局性強皮症の二つのタイプにわけられます.両者が全く異なる疾患で,後者は膠原病ではありません.一般には、強皮症というと前者の全身性強皮症を意味しますので,このホームページでは全身性強皮症についてのみ説明します(以下単に強皮症とします).
強皮症に対して進行性全身性硬化症(Progressive Systemic Sclerosis,PSSと略されることが多い)という病名もこれまでに用いられてきましたが,最近ではこの病気はかならずしも進行性でないことがわかってきたため,この病名は現在は使われません.
強皮症と膠原病・自己免疫疾患との関係は?
膠原病という言葉は以前は一般にはほとんど知られていませんでしたが,最近は「詳しいことは知らないが“膠原病”という言葉は聞いたことがある.」という人が増えてきたようです.
膠原病という概念が医学に導入されたのは1942年のことで,アメリカの病理学者のクレンペラーによって提唱されました.からだの中の支持組織を構成している成分に膠原線維という成分がありますが,クレンペラーは膠原線維にフィブリノイド変性と呼ばれる共通の変化を伴う六つの病気に注目し,これらを膠原病として同一のグループの病気として取り扱うことを提唱しました.したがって,膠原病は一つの病気ではなく,いくつかの病気を含むグループの名前ということになります.膠原病ではからだのあちこちの結合組織や血管に炎症や変性が起こるため,多臓器に症状を起こすのが特徴です.強皮症は膠原病の一つで,皮膚やあちこちの内臓に硬くなる変化を起こすことを特徴とする病気です.そのほか,おもに関節に炎症が起こる慢性関節リウマチ,皮膚に紅斑(紅い斑点)があらわれ,腎,神経などをおかす全身性エリテマトーデス,おもに筋肉をおかす多発性筋炎・皮膚筋炎なども膠原病に含まれます.
これらの病気では,しばしば自己抗体(自己の成分に対する抗体,正常な人では通常みられない)が出現するために,膠原病と同じような意味で,自己免疫疾患ということばも使われます.しかし自己抗体がなぜ出現するのか,あるいは自己抗体がこれらの病気の発病とどのような関係があるかはまだよくわかっていません.
強皮症はなおらない病気ですか?
強皮症は慢性の病気で,現状ではこの病気を完全になおしてしまう治療法は確立されていません.そのためか,「私の病気は今の医学ではなおる見込みはないのでしょうか?」といった悲観的な質問をよく耳にします.でも,ちょっと待ってください.あなたのまわりに高血圧や糖尿病の薬を飲んでいる人はいませんか?高血圧や糖尿病はひじょうに一般的な病気ですが,これらの病気を完全になおしてしまう治療法はまだ確立されていません.しかし,これらの病気をコントロールすることは可能です.根本的に血圧を正常に戻してしまう薬はありませんが,血圧をコントロールする薬を飲みつづけることによって高血圧を治療しているのが現状です.
強皮症も同じです.強皮症を完全になおしてしまう治療法は確立されていませんが,コントロールする治療法はいろいろと開発されてきています.症状はそれぞれの患者さんによってさまざまですので,われわれはそれぞれの患者さんに適した治療法を考えています.強皮症をうまくコントロールしながら長くこの病気とつきあっていくことを考えてください.
強皮症はどんな人がなりますか?
正確な人数は分かりませんが,少なくとも全国に2万人以上の患者さんがいると思われます.
強皮症は幼児からお年寄りまですべての年代にみられますが,ほとんどの場合25〜50歳ぐらいの年齢で発病します.日本の統計では圧倒的に女性に多く,1:10ぐらいの比率ですが,欧米では1:2〜4とされています.その違いは人種の差によるものだと考えられています.
強皮症は遺伝しますか?伝染しますか?先天的なものですか?
答はいずれもノーです.
一般的に膠原病患者さんの血縁者では,普通の人に比較して同じ,あるいは別の膠原病の発生率が高いことが知られています.このことは,膠原病そのものは遺伝する病気ではありませんが,膠原病にかかりやすい体質のようなものがあり,その体質が遺伝している可能性を示しています.
しかし強皮症患者さんの血縁者に強皮症が発生する場合については,実際には日本でも数家系,世界中でも十数家系しか報告がなく強皮症が直接遺伝する確率はきわめて小さいものです.もし家族の人になにか気になる症状がある場合にはすぐわれわれに相談するようにしてください.
強皮症の原因は?
強皮症の原因はいまだによくわかっていませんが,多くの科学者や医学者がその原因をつきとめようと努力を重ねています.つぎに述べるようないくつかの事実がすでに明らかにされており,これらを結びつけることによって病因や,病気が初期の段階から進行した段階へ移っていくしくみが近い将来解明されるものと思われます.
(1)皮膚やその他の結合組織(いろいろな組織を結びつけている部分)では線維芽細胞という細胞がコラーゲンという成分を合成しています.強皮症ではこのコラーゲンの合成が高まっていることが知られています.
(2)一般に膠原病患者さんの血液中にはしばしば自己の細胞の核と反応する抗核抗体とよばれる成分が検出されます.抗核抗体は正常の人にはほとんど検出されません.強皮症では約90%に抗核抗体が検出されます.そのことから,強皮症では抗体を産生する「免疫」のしくみに何らかの異常があるものと考えられています.
(3)強皮症のほとんどがレイノー現象という血管病変で発現しており,血管の壁をおおっている血管内皮細胞を障害する因子が強皮症の患者さんの血液中にみつかったとの報告もあることから,血管の障害がこの病気の最初の段階とする考え方も有力です.
強皮症の“ひきがね”となるものは知られていますか?
前に述べたように,強皮症の原因は不明ですが,特殊な場合として強皮症の発病のひきがねとなるものがあることが知られています.
(1)化学物質との接触
ビニルクロライド,エポキシ樹脂などの化学工場に長年勤続し,これらの物質と接触していた人に強皮症が発症したという報告がみられます.
(2)美容形成手術
乳房形成術や隆鼻術でシリコンやパラフィンを体内に注入した人に時に強皮症が発病することがあるといわれています.手術後10〜20年たってから発病することもあるようです.
(3)その他
抗癌剤であるブレオマイシンという薬剤を注射した人や骨髄移植を受けた人に強皮症に類似した皮膚の硬くなる変化が起こることが知られています.
しかし大部分の患者さんでは,はっきりとしたひきがねがなく発病してきます.
強皮症はどんな症状ではじまりますか?
強皮症の半分以上の人は,レイノー現象ではじまります.レイノー現象とは寒冷刺激や精神的緊張により,指先が突然白色や紫色に変化し,短時間のうちにもとにもどる現象です.そのほか,指先のむくみ,こわばり,皮膚の硬化,関節の痛みや疲れやすいといった症状ではじまることもあります.
皮膚の硬化がはっきりしない段階では,レイノー病,自律神経失調症,しもやけの一種,関節リウマチなどと診断され,診断確定までにあちこちの病院を転々としたり,何年もの間診断が決まらないこともまれではありません.
強皮症はどのような経過をたどりますか?
強皮症の症状の程度や進行の速度はそれぞれの患者さんで大きく違います.それぞれの患者さんについて,将来どのように進行していくかを予測することは困難です.
以前は強皮症が進行性であることが強調されていましたが,かならずしも進行性ではなく自然に軽快することもあることが知られるようになってきました.
専門的には
(1)浮腫期:手の指や腕の皮膚のむくんだ感じ.
(2)浮腫性硬化期:皮膚のむくんだ感じに若干の硬い感じが加わり,皮膚がつまみにくい感じになる.
(3)硬化期:皮膚が硬くなり,表面に光沢を帯びたようになる.
(4)萎縮期:皮膚の硬さが改善し,むしろ“しわ”が目立った感じになる.
の順に進行するとされていますが,その進行の速さや程度,範囲などは患者さんによってさまざまです.内臓にもさまざまな部位にいろいろな程度の変化を生じますが同じように進行の速度もそれぞれの患者さんで違います.
強皮症は一般に生命にかかわる大変な病気だと考えられがちです.たしかにごく一部の患者さんは進行が急速で,内臓の変化が著しい場合には発病後数年で死亡に至ります.一部の患者さんでは,進行はゆっくりですが徐々に進行するという経過をとります.しかし一部の患者さんでは,発病後何年かで進行が止まり,その後はまったく進行せずに生命にもまったく影響しないという経過をとります.進行の速度をあらかじめ予測することは容易ではありません.
強皮症の診断はどのようになされますか?
強皮症の診断は一つの方法によってつくものではなく,いろいろな検査,方法が必要です.詳しい病歴の聴取や全身の細かい診察はもちろん重要です.そのほか,血液検査,尿検査,皮膚生検,X線検査,胃・腸の透視,心電図などいろいろな方法で全身をよく調べることが必要です.
進行した強皮症の診断は一般の内科医や皮膚科医にとってそれほどむずかしいものではありません.しかし,早期の場合や症状が軽い場合には,専門家でないと診断が困難であるのがふつうです.
皮膚の硬化,とくに指先から前腕,上腕にかけて硬さが認められれぱ強皮症が疑われます.「硬い」という感じがはっきりしなくても,「つまみにくい」感じがあるとやはり強皮症を疑う必要があります.この場合,皮膚の一部を採取して顕微鏡で調べる「皮膚生検」が必要になることがあります.「皮膚を切り取られるのはこわい」と思われるかもしれませんが,麻酔をして検査をするのでほとんど痛くない検査です.
また血液検査では,抗核抗体という検査が重要です.抗トポイソメラーゼI(Scl-70)抗体、抗セントロメア抗体、抗RNAポリメラーゼ抗体などの特殊な抗体が強皮症にあらわれることがわかってきており,診断上の参考になります.また強皮症に特徴的な変化を起こすことの比較的多い肺や食道の検査も診断をすすめていく上で重要です.
強皮症の診断が確定した後も,どの内臓にどの程度の病気の変化が存在するかを定期的にチェックすることが必要です.病気の変化を早期に診断することは,早期の治療,進行の防止を考えるうえで重要です.
強皮症の症状は?
強皮症に比較的よくみられる症状について説明します.膠原病は一般的に体のいろいろな部分にさまざまな症状がおきるという共通の特徴をもっており,それぞれの膠原病に特徴的な,あるいは頻度の高い症状が知られています.
でもカン違いしないでください.これから説明する症状は,必ず全部の患者さんにみられるわけではありません.ひとりひとりの患者さんに出現する症状の組み合わせはそれぞれ異なり,将来どの症状がでてくるかを予測することは困難なのです.
(1)レイノー現象
レイノー現象は強皮症の最初の症状であることが多く,約90%の患者さんにみられます.レイノー現象とは,寒冷刺激(冷たい水に触れる,冬期気温の低い屋外へ出たり,夏季クーラーの強く効いた部屋に入る,氷に触れたり冷蔵庫に手を入れる)や精神的緊張によって,手の指や足のゆびが発作的に血行障害を起こす現象で,血管のけいれんによって起こると考えられています.典型的な場合は,指先,つま先が突然白く変色し,紫色に変化した後に,紅くなってもとにもどるという三つの変化を起こします.白色,紫色に変化した段階でしばしばしびれ感,冷感,異和感,痛みなどの自覚症状をともないます.
レイノー現象を防ぐためにはいろいろな注意が必要です.もっとも重要なことは,寒冷刺激を避けることです.具体的には冬季,外出時に手袋,マフラー,分厚い靴下などによって十分な防寒を心がけることや,夏季,クーラーを強くかけすぎないようにするといった注意が必要です.また携帯カイロ(ホカロンなど)をつねにもち,すぐに手を暖められるように準備してください.炊事,料理,洗濯などの際にはできるだけお湯を使うようにして冷たい水は使わないようにしてください.冷凍食品を扱ったり,冷蔵庫に手を入れる場合には,こまめに手袋をするように心がけて下さい.精神的緊張を避け,できるだけりラックスすることも大切です.タバコは血行を悪化させる作用があるので絶対にやめてください.
もしレイノー現象がでてしまった時は,手をこすりあわせたり,マッサージをして暖ためてください.「携帯カイロ」などで,できるだけ早く手を暖ためてください.ソフトボールの投手のように腕をぐるぐるまわしてみるのもよい方法でしょう.
(2)皮膚症状
(I)皮膚の硬化強皮症の皮膚硬化(皮膚が硬くなる変化)は通常指先やつま先から始まり,徐々に体の中心の方向にむかって進んでいきますが,例外もあります.皮膚硬化が軽い段階では「皮膚がつまみにくい.」だけで,診察時に指摘されるまで自覚していなかったということもまれではありません.皮膚硬化が進行した場合は「皮膚がつっぱって,光沢がある.」という状態になります.
顔面の皮膚にも硬化がくることがあり,この場合は顔の表情が変わったり,口が十分に開かなくなったりすることもあります.
(II)皮膚の色素異常全身の皮膚が黒ずんできたり,部分的には白く色素の低下した色素脱失がみられたりします.
(III)皮膚の潰瘍強皮症の患者さんではしばしば手足に血行障害がみられ,そのために潰瘍が生じます.よくみられる部位は,指先,つま先などですが,そのほか手の甲,肘,かかとなどにもみられます.外気温の低くなる冬季にとくに多い症状です.血行がとくに障害されている場合には,治療に根気と時問が必要です。
局所を暖かくすることと消毒によって清潔にすることが必要ですが,症状の程度により,抗生物質の入った軟膏,抗生物質の内服薬,炎症をおさえる内服薬,血行を改善させる内服薬や注射薬が必要です.皮膚の潰瘍が生じた場合はすぐ医師に相談して,適切な処置の方法を指示してもらってください.
(IV)皮膚の血管拡張顔面や手足に赤あざのような小さな血管が拡張した斑点がみられることがあります.目立つ場所にできてしまった場合は気になるかもしれませんがとくに害はありません.診察の時以外は化粧で隠しても結構です.
(V)足のうらの「たこ」「うおのめ」皮膚硬化が足のうらにもみられる患者さんに「たこ」「うおのめ」ができることがあります.これは硬くなった皮膚に対する歩行時の摩擦によってできたものです.
一般には足のうらの「たこ」「うおのめ」の治療に皮膚を軟らかくする「スピール軟」といった貼付薬が用いられています.でも強皮症の患者さんは原則として「スピール膏」を使用しないでください.軟らかくなってふやけた皮膚に潰瘍ができてしまって,治りにくいことがあるからです.
硬くなった部分をそのままナイフ等で皮膚と平行にけずるようにしてください.自分でけずるのが難しい場合は,遠慮することなく皮膚科の先生に削ってもらって下さい.
(VI)皮膚の乾燥,かゆみ皮膚の硬い変化が強い場合,皮膚の乾燥,かゆみを伴ってくることがあります.皮膚の手入れをする軟膏,クリームなどやかゆみをおさえる内服薬が必要な場合もあります.
(3)関節症状
強皮症では,肘,膝,手首などの関節に痛みや炎症をともなうことがあります.また手指の関節が曲がったままの状態で動かなくなってしまうことがあります.常日頃より,適度に手足の曲げ伸ばしを心がけることが大切です.
(4)消化器症状
強皮症では消化器全般に病変がくることがありますが,もっともよくみられるのは食道の変化です.食道にも硬くなる変化がくるために,「食べたものが通りにくい.」または胃の中の胃酸が食道に逆流して逆流性食道炎という変化が起こり,「胸やけがする.」などの症状が起きます.頻度はそれほど多くはありませんが,慢性の下痢や便秘が続くこともあります.
(5)肺症状
強皮症では肺にも硬くなる変化が生じ,肺線維症という変化を起こします.自覚症状としては,息切れ,慢性の咳,疲れやすい,階段が昇りづらいなどをひき起こします.肺の変化をチェックするためには定期的な胸部のレントゲン撮影や呼吸機能検査(肺活量を測定する検査のようなもの)が必要です.その他,肺の血管に変化が起こり,肺の血管抵抗が高くなり,肺高血圧症という変化をきたすこともあります.この症状は動作時の息切れとして自覚されますが,ご本人が最初は気が付かない事があります.しかし,ドップラー心エコーをする事で,早期発見が可能です.
(6)腎症状
腎における強皮症の病変は「強皮症腎」とよばれ,しばしば突然発病しますが,それほど頻度の多いものでありません.腎の血管が狭くなる変化を起こしそのために,高血圧をおこします.自覚症状としては,頭痛,頭部の不快感,めまい,胸痛などが認められます.また,尿がまったくでなくなってしまうこともあります.適切な治療がおこなわれない場合には腎不全に至ることもありますが,この症状に対して早期にACE阻害剤という高血圧の薬を投与すると,著効することが分かっています.
(7)心症状
強皮症における心臓の変化はまれですが心臓の筋肉も硬くなることがあり,心臓の機能が障害されることがあります.また肺の変化が高度な場合は二次的に心臓の機能が弱ってしまうこともあります.
(8)シェーグレン症候群(乾燥症候群)
シェーグレン症候群は,眼や口腔内に乾燥症状をひき起こす病状で,いろいろな膠原病にともなう合併症です.眼では涙液の分泌が不足するために,眼が乾いた感じ,異物感,チカチカするなどの症状を生じます.口腔内では唾液の分泌が不足するために口の中が乾いた感じになります.
強皮症の治療は?
くり返し述べますが,強皮症の患者さんの症状はそれぞれ違います.したがって,それぞれの息者さんにいちばん適した治療法をみつけることが必要です.われわれも症状に応じて多種類の薬を使っていますが,その一部をここで紹介します.患者さん自身もできるだけどの薬が何のために使われているか理解するようにしてください.
(1)血管拡張剤
レイノー現象を防止したり,末梢循環障害を改善するためにいろいろな種類の血管拡張剤が使われています.しもやけの治療に使われるビタミンEも血管拡張剤として作用します.血圧降下剤や脳代謝改善剤として使用されるカルシウム拮抗剤といわれるいくつかの薬剤も有効です.
なおりにくい皮膚の潰瘍がある場合には,プロスタグランディンといわれる物質を内服薬または注射薬として使用することもあります.
(2)副腎皮質ホルモン
副腎皮質ホルモンは膠原病一般に広く用いられており,強皮症では比較的早期の場合,炎症症状が強い場合,筋炎など他の膠原病の症状がある場合などに使われます.強皮症の皮膚の硬くなった変化に対しても効果が認められますが,ある程度の副作用も予想されるため限られた患者さんに対してのみ投与されます.(1日2〜3錠の場合は通常大きな副作用は少ないと考えられます.)
(3)皮膚硬化に対する治療薬
皮膚硬化に対しては,いくつかの薬剤が使用されておリ,ある程度の効果が期待されています.
(4)シクロホスファミド
免疫抑制剤の一種である本剤の点滴ないし内服治療(副腎皮質ホルモンとの併用)が、強皮症の間質性肺炎や皮膚硬化に少なくとも投与期間中は有効であることが欧米での大規模な臨床試験で明らかになっています.
(5)肺高血圧治療薬
強皮症では肺の血管が硬くなって息切れをきたす肺高血圧がみられる場合があります。血管を拡張したり、血栓を予防する内服薬が用いられます。従来からのベラプロストナトリウム(プロスタグランディン製剤)に加えて、最近エンドセリン受容体拮抗剤や5型ホスホジエステラーゼ阻害薬という新しいタイプの肺高血圧治療薬が日本でも発売され、肺の血管を特異的に拡張させることにより、効果を示します.
(6)その他の薬剤
消化器症状に対して消化器系薬剤,関節炎に対して炎症をおさえる薬剤,皮膚潰瘍の細菌感染に対して抗生物質,腎臓の変化に対して血圧を下げる薬剤などいろいろな薬剤が用いられています.
日常生活上の注意はどんなことでしょうか?
日常生活上のどのような注意が必要かは,それぞれの患者さんによって違います.このパンフレットはすべての患者さんに心掛けてもらいたい一般的な注意と特定の症状をもっている人だけに心掛けてもらいたい注意について述べました。
一般的な注意
- タバコは絶対にやめてくだい.血流を悪くしたり,肺の症状を進行させたりする作用があるからです.
- 手足を暖かく保温することを心掛けてください.とくに外気温が低い場合は,手袋や厚手の靴下などを必ず身につけてください.
- 大部分の患者さんは通常の日常生活を送るのに問題はありません.でも,激しい運動や疲労を残すような無理な活動は避けてください.何ごともマイペース,マイペース!
- 大部分の患者さんは家庭の主婦で特定の仕事をもっていないと思います.新しく何か仕事を始めたいという場合には必ず相談してください.勤務時間の不規則な仕事,化学薬品を扱う仕事,冷たい温度に手をさらす仕事などはよくありません.
- 特別な趣味(例えば水泳,エアロビクスダンス,テニスなどのスポーツや薬品を扱うような陶芸など)を始めようとする場合も相談して下さい.強皮症の症状に対して悪い影響がないかどうかそれぞれの人によって異なりますので,よく相談しましょう.
- 強皮症とは関係がないと思われる病気でほかの病院・医院を受診する場合でも,強皮症の診断で通院していることと,現在どのような薬を飲んでいるかを申し出るようにしてください.現在内服している薬はできるだけ持参して見せるようにしてください.強皮症と関係があるかもしれない場合や,われわれのところでの検査データ等が必要な場合は詳しいご依頼状を書きますので申し出てください.
- 逆にほかの病院で新たに投薬を受けたり,特別な治療を始めた場合には,その由を次回来院時に申し出てください.
- 強皮症の患者さんに対して知人,友人のかたが,特殊な治療や健康増進法などを勧めることがあると思います.漠方療法,運動療法,自然食品,特殊なマッサージ,新興宗教と関連した治療などさまざまです.われわれはこれらのすべてがまったく意味のないものとは考えていませんが,営利を目的としたインチキなものが混じっているのも確かです.「○○病院での治療をまったくやめて,自分のところの治療をすればなおる」と言われても信用しないでください.漢方薬には副作用がないというのは誤りですし,特殊な運動療法で膠原病が悪化して入院した例もあります.強皮症はきわめて特殊な病気なので,この病気のことを本当に理解している医師にしか,この病気の患者さんの治療や管理はできないと思います.われわれのおこなっている治療と平行して試みることが可能な治療であれば試みてみることも考えてみましょう.
- 一般に強皮症の患者さんは,手足の末梢の血流に障害があることが多いので,小さな傷がなおりにくいという問題をかかえています.たとえほんのちょっとした傷でも消毒をきちんとするようにし,さらに状況に応じてわれわれに相談するようにしてください.抗生物質の入った軟膏での処置や抗生物質の内服が必要な場合もあります.
- 食事については,一般に消化のよい食べやすいものを選んで十分な栄養をとってください.例外として治療で副腎皮質ホルモンを内服している人は,副作用で体重が増えすぎることがあるので,カロリーを計算してバランスのよい食事をとってください.
- 消化器症状のない人に限っては,少量のアルコールは血行を良くするので,間題はありません.もちろん,飲み過ぎはダメ!
- 入浴は血行を改善したり.精神的緊張をときほぐす作用があるので有用です.小さな傷や潰瘍がある場合でも入浴後すぐにきちんと消毒すればOKです.
特定の症状をもつ人の注意
- 消化器症状のある人
胃酸の分泌を刺激するような食事(アルコール類,とくに脂こい食べ物,コーヒー,スパイスの効いた食べ物)は避けてください.飲み込みが悪い場合やものがつっかえる感じのある人は,軟らかいものを少しずつよくかんでゆっくりと食べるようにしてください.症状の程度のひどい場合は1回の食事量を減らして,食事の回数を1日4〜5回にしてください.食べた後にすぐに横にならないようにしてください.(食べた物が重力によって食道を通過するのを助けるため).寝る前2〜3時間の間にたくさん食べないようにしてください.
- 肺症状,心症状のある人
心臓や肺に負担のかかるような動作,作業を避けるようにしてください.階段を休みながらしか昇ることのできない人は,必ずエレベーターを使うように心掛けてください.息切れしやすい人は長時間歩いたり,急に走ったりしないようにしてください.重い物を持ち上げるような動作や全身に力を入れて何かを引っ張るような動作も避けてください.
- 関節が曲がったままになっている人
関節が曲がったままで十分に伸びなくなる症状を拘縮といいますが,この症状ははゆっくりと進行します.従って,毎日少しずつ手足の関節を曲げ伸ばしすることによって,関節の変形進行を遅らせることができます.曲がったままの関節の部分に皮膚潰瘍が生じやすい場合がありますので,このような場合はあらかじめ関節をガーゼや軟らかい布で保護することも必要です.
- 皮膚硬化の強い人
皮膚硬化が高度な場合には,体の運動が制限され,前述のような関節の変形を悪化させる要因となります.体に負担のかからない程度の運動(軽い体操や散歩など)がその防止に有用です.
また皮膚が乾燥してカサカサする場合や,痒みを生じた場合には,適切な軟膏やクリームを塗る必要があります.われわれに相談してください.
- シェーグレン症候群で眼の乾燥のある人
定期的に点眼薬を使用すること必要です.
結婚や妊娠に問題は?
強皮症の患者さんの多くは中年以降の女性で,すでに結婚,出産をすましている場合がふつうです.しかし一部の患者さんは10代後半や20代で発病しますので,結婚生活や妊娠,出産のかかわりが問題となってきます.
結婚については基本的には問題ありません.しかし,生活環境の変化や家事の負担などで病気が進行することも考えられますので長い間にわたって病気にたちむかっていくためには伴侶となる人の協力が必要です.そして家族としてどのようなことを常日頃から心がけるべきかを理解していただく必要があります.したがって,伴侶となる人も患者さんと同じようにこの病気のことを理解してほしいと思います.具体的にどのようなことを心がけていただくかはそれぞれの患者さんによって違ってきます.これから結婚しようという方はぜひ一度伴侶となる方といっしょに,われわれの説明を聞きにきてください.
妊娠,出産については,内臓,とくに肺,腎臓,心臓などの病気の程度が問題となります。内臓の変化が軽い場合にはとくに問題はありませんが,内臓の変化が強い場合には,母体の機能が妊娠,出産に耐えられないことも考えられます.これから子供をつくることを希望される場合はあらかじめ,ご相談ください.また妊娠後にも医学的管理が必要ですので,主治医どうしの連絡を十分にとりあってもらうようにしてください.
強皮症になると医療費が大変でしょうか?
強皮症の治療は長期に及ぶことが通常です.診断や治療のために入院が必要であったり,定期的な検査,継続的な薬剤の投与などにより,医療費がかさむことが考えられます.
国および都道府県では,「特定疾患治療研究事業」とよばれる事業によって,特定疾患(いわゆる難病)に指定された病気の患者さんに対して,強皮症(限局性強皮症ではなく全身性強皮症に限ります)も特定疾患の一つとして指定されているので,強皮症の患者さんの診断費の一部は公費負担となり,支払いが軽減されます.
強皮症と診断された患者さんが特定疾患として認定されるためには,住民票のある地域の保健所に申請書および医師診断書を提出することが必要です.詳しくは,御本人または家人が保健所に行って詳しい説明を聞いて来てください.
なお,肺の症状や手足の関節の変形がひどい場合には身体障害者の認定を受けられる場合があります.
患者さんの家族のかたに!
このパンフレットを患者さんの家族のかたにも読んでいただけましたでしょうか?われわれ主治医が患者さんと接触できるのは1カ月に1,2回,せいぜい10〜30分です.本当に患者さんをつねに支えることができるのは家族の人たちです.強皮症のようなむずかしい病気と一生つきあっていくのは大変なことです.本当の病気のつらさは患者さん自身にしかわかりません.われわれも家族の人たちも本当のつらさを理解できていないと思います.でも患者さんを温かく見守り,励まし,手助けすることはできるはずです.強皮症という病気が難病でなくなる日まで,患者さんとともに病気と闘っていただけることを希望します.